大学3回生の時、学習塾を創業。この道一筋に、生徒のため・保護者様のため、がむしゃらに頑張って27年。自慢の教え子は3000余名。「教育平成維新」をスローガンに、志高き若人の育成に邁進します。
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立ち止まって
先日、小泉政権下で内閣官房の任にあった檜木氏の勉強会に参加させていただいたご縁から、週に2通ほどすごく勉強になる、刺激的なメールをいただくようになりました。

本日も考えさせられる内容のメールをいただきましたのでご紹介いたします。

■■■檜木通信71(2011)立ち止まる

「急がない ひとりの時間を持ちなさい」 デビッド=クンツ

古本屋で、ふと手にした本です。

「忙しい」という字は、「心」が「亡びる」と書きますが、たしかに

忙しいときは、高速道路を猛スピードで走っているようなもので

周りの景色にも注意がいかないし、、その道が正しい方向なのか

もわからないかもしれません。さらに、その高速道路から、いつかは

降りないといけないけど、降りて自由な道の運転ができないかもしれない。

◆著書から◆

「立ち止まるのは、前進するためである。一度立ち止まってみよう。立ち止まって

みれば、正しい判断と選択にやさしく導かれる」

「生きること、夢みること以上に重要なことがある。それは自分本来の姿に

目覚めることだ」

「なぜ立ち止まるか。それは自分の人生にとって重要な問題がなにかを

思い出すためだ」

「立ち止まることで自分がどういう人間で、自分がなにになりたいかを思い出し

人生と自分の価値の意味を思い出す」

「立ち止まってみれば、あなたは一つのユニークな真実に遭遇する。それは、あなたは

自分の人生に自信を持っていいということである。自分本来の姿を思い出せば、

自分の人生を生きればいいのである」

「所有することに意義あるものを手に入れるときと違って、存在することに意義ある

ことを手に入れるには、一人でいる時間を長く持つことが必要である」

「立ち止まって、自分の目標を確認できれば、今までの殻を破ってでる勇気がわいて

くる。そして、自分にしかできない役割を見つけることができる」・・・

私も走りすぎているのかな?と反省した次第です。でも、走り続ける性分なんだろうな~。
でも、次ぎ立ち止まれるのはいつのことだろうと考えると・・・、これではいけないのですね。
立ち止まってみましょう。
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頭の良さは生まれつきか環境か?
人間の頭の良さとは遺伝的なものなのでしょうか、それとも努力によってどんどん開発されるのでしょうか、こんな記事がありました。

■人間の頭の良さは、遺伝子によって決まるのか。それとも、生後の環境や本人の努力によって決まるのか。一卵性双生児を対象とした研究では、「知能」に対する遺伝の影響は50%程度だという(茂木健一郎著『すべては脳からはじまる』中公新書ラクレ)。その上で脳科学者の茂木氏は、昆虫など他の生物と違って「人間は学び続ける」存在であり、「人間の脳の学びには際限がない」と。学べば学ぶほど、知性を開発できるのだから、事実上、遺伝子で頭の良さは決まらない、と結論する。

天才でなくても努力して大成した人はいるが、努力なくして大成した天才はいない。つまり、努力を続けられる「心の強さ」に勝る才能はない。私たちの生命に秘められた無限の可能性。それを引き出せるか否かは、すべて自分次第である。

私もそうであるだと確信しています。特に、「努力を続けられる才能」これこそが頭の良し悪しを決めるのではないかと。

明らかに「賢い」、という人間はいます。誰もが、自分の身近にも何人か、そんな知性的な人物を思い浮かべることができると思います。

「当然、世界中の研究者たちが"賢い人には特別な遺伝子が影響しているのではないか"と、それを調べているのですが、残念ながらいまだに発見できていないのだそうです。

たとえば、イギリスでは、IQの高い7000人のDNAを採取して、それ以外の人と比べた研究結果が出ていますが、これといったものは見つかっていないそうです。また、数学的能力についても同様に決定的な差異は発見されていないようです。

一方で、高血圧になりやすい遺伝子や、糖尿病になりやすい遺伝子といった、病気に関する遺伝子は次々と見つかっているのだそうです。

ところが、頭のいい遺伝子というのはいっこうに出てこない。つまり、知能は、生まれてからある程度学習をして伸ばしていくものだということが今のところ言えそうです。

生徒諸君、「僕は(わたしは)頭がわるいから・・・」の言い訳はできないようですね。努力する者が最後には勝つのです。自分で頭がわるいと思うなら、更なる努力、他人より努力をすればいいのです。頑張りましょう!

おもてなし
先日、京都の大手塾社長の記念パーティーにお招きいただき出かけてまいりました。
心細かな配慮が随所に盛り込まれた完璧なパーティーでした。
まさに、「おもてなし」とは何か、ゲストに楽しんでいただくとは何かについて教え
ていただいた会でした。

◆「おもてなし」、その言葉を持つ意味は・・・。

諸説あるかとは思いますが、おもてなしの心とは、「ホスピタリティ」を日本流に解釈した言葉と言われています。元々の語源はキリスト教の「ホスチュア」という言葉からきています。ホスチュアとは、キリストが最後の晩餐で弟子たちにパンとぶどう酒を分け与えた(振る舞った)行為を表しています。
皆さんご存知の通り、最後の晩餐でその振る舞いを受けた人物の中には、キリストを裏切る者、いやな顔をする者もいます。しかし、そのような人たちにも分け隔てなく振る舞いました。その姿勢がホスチュアと言うそうです。
簡単に解釈すると、差別をすることなく、平等に分け与えるということでしょうか。

「おもてなし」、教育には無関係のように思えますが、上記の説明のとおり“差別をすることなく、平等に分け与える”教育に通じる心であるはずです。

社長が築き上げてきた塾、あるいは会社、まさに「おもてなし」の心が浸透した風土を想像することができます。

また、おもてなしには感動が伴わなければいけないと思いますが、十分感動をいただき、そして、やる気も注入していただきました。業界の有名人が集合したような会で本当に勉強させていただきました、ありがとうございました。
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